ボクの得意なスポーツはスキー以外に、ハンググライダー、パラグライダー、ウインドサーフィン、ウイングウィラーなどがあり、風を相手にセールで遊ぶスポーツが大好きだ。うまく風をつかまえて、揚力が手のひらから体全体に伝わってくる時の快感は、なんとも言えない。風と遊ぶ時は、手のひらに全知全能を集中する。風との対話は、手のひらでしているようなものだ。
これらの風と遊ぶスポーツは、いい風さえあれば良いというわけではなく、遊ぶ場所によっても大きく異なってくる。ボクは十年ほど前まで、ハンググライダーの練習を大阪の生駒山でやっていた。近いし上昇気流は素晴らしいものがあるが、太平洋を渡ってきた風が大阪平野のサーマルとスモッグをすべて掻き集めてこの山に集中してくるので、飛んでいるとスモッグの匂いと、汚れた空気で目はチカチカしてくるし、サングラスは油膜で黒くなるほどだ。おまけに、上空をジェット旅客機が轟音をたてて飛んで行く。そんな時、ハワイはマカプに行って、珊瑚礁のエメラルドグリーンの海の上を飛んだ。上昇気流の素晴らしさと、あまりのきれいさに、時を忘れて飛んでしまった。以来、大阪・生駒山でのハンググライディングをやめた。
また一時期、ウインドサーフィンに夢中になった。これも同じく近くの淀川でセーリングしていた。南西風が吹くと素晴らしいブローが海から入ってくる。近いので毎日のように練習に行った。最初は、ネズミ、ネコ・イヌ、ある時は人まで浮かんでいるどぶ水に入るのはいやだったが、南西風のブローの誘惑に負けてボードに乗る。風は洗剤の匂いがする。そんな時、琵琶湖の奥の方へ、セーリングに出かけた。岸辺の白砂は素足に気持ちが良く、水は湧き水のように透き通っていた。セーリングに飽きてセールを水に浮かべて休んでいると、鮎がその上ではねる。それをヒョイとつかまえて、後で塩焼きにして食べちゃう。夕方から入った北西のブローは陽が落ちてもやむこともなく、満月の光の中で時を忘れて湖面を走り続けた。甘くておいしい水の匂いがする風が体の中を通り過ぎ、風と一体となって走り続け、波をけるボードの音だけが満月の湖面に響いていた。これ以来、淀川でセーリングすることをやめた。
都会により近いところでパラグライディングができたら、どんなに良いかと思う人が多いかもしれないが、都会の近くに風も良くピュアーな環境はない。自分の練習場所にマウント・イワヤを選んで住みついたのも、こんな体験からだ。
国内で風と自然のマッチングが素晴らしいところの一つに、北海道の美幌峠がある。昨年7月のパラの大会で行ったのだが、夏が近づくとまた行きたくなる。峠は小さな丘で、パラ用の山としてはなんてことはない山だが、謎の怪獣クッシー君がいるとウワサされている屈斜路湖を眼下に飛ぶのは気持ちが良く、湖面を伝わってくる風はマイルドなブローだ。飛びながら胸いっぱいに吸い込んでみる風は、北の国の森と湖の香りがする。テイクオフ地点まで歩く道筋には、野生のイチゴがあり、つまんでパクリと食べる。地元・オホーツクパラグライダークラブの面々のサポートも素晴らしく、風が悪く飛べない日は、湖のすぐそばにある露天風呂に連れて行ってくれた。言われるままに林の中で裸になり入るが、とても熱い。彼らの誠意に応えようと我慢して肩までつかるが、カマゆでの石川五右衛門さんの心境で、とうとう辛抱たまらなくなり、タオルを腰に巻き、岸辺を走って湖に飛び込む。中学・高校と水泳の選手をやっていたので泳ぎには自信があり、どんどん泳いでいったがクッシー君が出現したらどうしようと思ってあわてて引き返す。7月とはいえ、北の湖はさすがに冷たい。また風呂に飛ひ込む。これを繰り返しているうち、周りを見渡すと観光客の見世物になっている自分に気付き、あわてて林の中で服を着た。
この大会で出会った人々の中に、美幌でモーターグライダーのスクールをやっている加藤隆士さんがいる。はるばるヨーロッパから空輸してきたという『チロル号』に、早朝6時から乗せていただいた。眼下に広がる広大な田園風景。畑で農作業をしている方々が、あちらこちらでチロル号に手を振っている。「どうして?」と聞くと、「みんな乗せてあげたんだよ」と笑って話す。
パラグライダーを担いで行った美幌。いい風といい人と、いい自然にであった楽しい旅だった。「それで大会の成績は?」とたずねられたら返す言葉ははございません!
(月刊パラワールド92年9月号より転載)