その日、私は雷鳴と共に目が覚めた。
A.M.3:50 カーテンを開けると「おいおい、めっちゃ雷雨やん」
しかしその日、某K氏のお抱え運転手の使命を帯びていた私は、時間通り行かなきゃ怒られると思い、朦朧としながらも、ごそごそと身支度を整え、5時前には家を出たのだった。
途中、K氏宅に寄り、事務所に着いたのは、当初の予定通りA.M.6:00。しかし人の気配はない。シーンと静まりかえっている。校長先生の「明日の朝レンは6時スタート!」という《今日の岩屋》の言葉を信じた私たちがそうっとドアを開けると、そこにはマグロのように横たわる人、人、人。
「・・・やっぱ、みんな寝てるね」
そりゃ、そうだろう。豪雨こそ過ぎ去ったものの、外はシトシトと降り続ける雨。見上げれば、岩屋の山頂はもやの中に消えている。もぞもぞと起き始めた昨夜からのお泊り組の人たちは、私たちを見て「こんな朝早くにどうしたん?」という顔をする。当然の如く、この日の朝レンはなかったのである。
A.M.7:30 やっとみんなが集まり出した。コーヒーを飲んだり、談笑をしたりとにぎやかにやっていると、昨日帰って来られたばかりの正一郎さんが「台所が汚いっ!」と怒り(?)始められた。そうして急遽、正一郎さん、ユミさん、平井ちゃん、私の4人で台所の大掃除となった。まあ、出るわ出るわ。埃に、ゴミに、エトセトラ・・・私はノンキに「掃除のし甲斐があるなぁ」なんて考えていたが、まだこの時、この日人生の一大事が待っているとは夢にも思っていなかったのである。
午前9時を過ぎ、雨もほとんど止んできたところでミーティング。しかし周りを見てみると、グリーンパーク組が私以外誰もいない。「え、じゃあ、私は一人で寂しく練習か?」と思っていると、突如、「エリちゃん、今日は初飛びだよっ!!」との校長先生のお言葉。そしてあれよあれよという間に、B証の申請、岩屋山の登録と準備が進んでいく。
シミュレーターにハーネスを取り付け、正一郎さんに体重移動のやり方を講義してもらう。ショップに置いてあった等身大の鏡まで持って来てもらい、自分の姿をチェックする。
「うーん、左がヘタクソだなぁ」と何度も身をよじっていると、
「じゃあ、風も良くなってきたし、俺らは山に上がるから、あと1時間ぐらいはがんばってろよ」
と言い置いて、正一郎さんはみんなを連れて颯爽と山に上がって行かれた。後には、ぽつねんと取り残された大きな鏡とシミュレーターにぶら下がった私。
「な、なんか寂しいんですけど・・・」と悲しくなったが、ここで嘆いていても仕方ないので、言われた通りひたすら体を傾け続けた。
そうこうするうちに、山から飛んで下りてこられたた校長先生が
「初飛びする前に、タンデムしてやるよ」とおっしゃられ、
3度目のタンデム飛行をしていただいた。南テイクオフからノーマルルートを辿ってくださり、これにより、この後の初飛びの時に、焦ることなく飛ぶことが出来た。(校長先生、ありがとうございました)
これでイイのか?と思うことは、まだ他にもあった。私はここ3週間ほど、まともに練習をしていなかった。用事で来られなかった日もあるし、来てもGP組が私しかおらず、タンデムだけしてもらって帰ったという日もあった。3週間前に立ち上げのフォームが悪いと言われて、それから一度も練習をしていないのである。その上、ハーネスはさっき値札を取ったばかりの新品も新品。まっさらである。またヘルメットは校長先生に、無線は佐野さんに、無線に付けるマイクは大川さんに、とそれぞれの方からの借り物である。ホントにこれでイイのか?
不安というより、私の心の中は???でいっぱいだった。
山頂に着いたが、私のテイクオフを見てくださるはずの校長先生がまだいらっしゃらない。 ただ待つのみの私は、南テイクオフで諸先輩方の機体を広げたり、持ち上げたりとお手伝いに徹する。 しかし、この後私も飛ぶんだという意識が、私の目を先輩方の立ち上げに走らせる。 試しにテイクオフから下を覗いて見た。怖くない。 きっと私は上手く空中に飛び出せるだろう。何の理由もなくそう思った。
ほとんどの人が空へと飛び立っていき、後には私を含めて2、3人を残すのみとなった。
だが、風が悪くなってきた。ベテランの方でも飛び出せない。
しばらく待つ私たち。と、そこへ校長先生の登場。
「あー、ちょっと風が荒れてきたね。エリちゃん、今日の初飛びはやめよう」
そうおっしゃると、校長先生はさっさと試乗のため、新品の機体で飛び去って行かれた。
「……はい」と返事をしたものの、後に残された私は呆然。
「今までずっと待ってたのにねぇ」と、周りの方がたは哀れみと同情のお言葉をかけてくださる。
しかし「ま、そんなこともあるさ」とすぐに気を取り直して、私はまたまたお手伝いを始めた。
「今日がダメでも、この次のチャンスのために」と、私はその後もみんなのテイクオフを見ていた。
すると、いつの間にやらまた風が良くなってきたのである。
それに校長先生は下りて行かれたが、今度は正一郎さんが山頂に上がってこられた。
ランディングにいらっしゃる校長先生の了解も得られ、正一郎さんの「よし、行け」という言葉で、
とうとう私は完全装備でテイクオフに立つことになったのである。
初めてフルフェイスのヘルメットをかぶる。(ちょっと暑苦しい)
初めてレスキューの付いたハーネスを背負う。(これは重いぞ…)
準備OK。不思議なことに、私はすごく落ち着いていた。
「グリーンパークで、次、エリちゃん行ってみようって言われた時の方が緊張してたな」
確かに、もう少し緊張感を持った方がいいんじゃない?というぐらい、平常心なのだ。
私に向けられた清水さんのカメラに、笑顔でピースして見せる余裕がある。
が、あまりにヘラヘラしているといけないと思い、真っ直ぐ前を見つめ、気を引き締めた。
正一郎さんが私の前に立ち、私の顔を覗き込み「大丈夫か?」と訊かれる。
「ハイ」
頷いた私の手を、正一郎さんが引っ張った。4、5歩走っただろうか?
次の瞬間、私は空にいた。
あまりに自然だったため、自分が空を飛んでいるという感覚がなかった。
ただ、とても気持ち良かった。
すぐに正一郎さんから無線が入り、「ちゃんと座ってるか?」
「いえ、座れてません」 空の上で一人つぶやく。
お尻をゴソゴソ動かしてみる。最初はこわごわやっていたが、
少しぐらい動いても機体は安定していることが分かり、何とか落ち着ける姿勢になった。
すると、こんなに簡単に、こんなにゆったりと空を飛べることに驚きを覚えた。
「おおー、飛んでるぞぉー」
自分の足の下には、何百メートルも何もない空間が広がっているのである。
こんな感覚は生まれて初めてだった。
今までグリーンパークで『飛んだ』と思っていたのは、
実は『浮いて』いただけだったんだ、とまで思った。
まるで自分が空に溶け込み、空の一部になったような気がした。
そして何より、すごく、すごく気持ち良かった。
左へターンし、尾根の上をゆっくりと進んでいく。
正一郎さんの「体重移動もちゃんと出来てるよ」の言葉に、
嬉しくてニヤっと笑ってしまった。
一人で淋しくシミュレーターにぶら下がった甲斐があったというものである。
その後、誘導はランディングにいらっしゃる校長先生へと移った。
「エリちゃん、右180度。……次、左180度ね」
「はぁーい」と誰にも聞こえないのに返事をしながら、体重移動を続ける。
「もっと腕を下げて、もっともっと!」
言われた通り、腕を下げたものの「あれ? どれぐらい回れば180度なんだ?」
最初はどうやって角度を測ればいいのか全く分からず、適当にターンをしていたが、
何度か繰り返すうちに「あ、そっかぁ。地面を見て測ればいいんだ」と気付いた。
川が見え、その横にランディング場が見えた。 そして小さな点がいくつも見える。みんなが私を見上げていた。 いつもは私があの小さな点だったのに、今は私が空の上からみんなを見下ろしている。 やっと私もみんなの仲間に入れたと思った。
「そろそろランディング態勢に入るよ。風は川上から吹いてるから、川下から回って」
8の字旋回をして、ランディングに向かう。体を起こし、立った状態になる。地面が近づいてくる。
もう、みんなの顔がはっきりと見える。
とてもたくさんの人がカメラを構えているのが目に入り、少し恥ずかしかった。
そんなみんなの横を通り過ぎ、グッと手を下ろすと、ふわっと地面に立つことができた。
「酒井、ランディングしました。ありがとうございました」
待ちに待ったこの台詞、やっと言えた!
「おめでとう、エリちゃん。やったね!」 校長先生は笑顔で握手をしてくださった。
私の初飛びを見ていてくださった先輩方からも「おめでとう!」の嵐。
少し照れくさかったけれど、それ以上にすごくすごく嬉しくて、私は笑いが止まらなかった。
5月末に初めてTAKに来て以来、炎天下のgreen parkで練習を積んできたが、 高高度飛行とはどんなものか想像もつかなかった。 「一度飛んで見れば分かるよ」と誰かに言われたが、まさにその通り。 見事に私は空の魅力に取り付かれてしまった。 重力から開放されて、空と地上の間にいる、その場所がすごく気に入ってしまったのだ。
校長先生、助教員の方々、諸先輩方、色々ご指導ありがとうございました。 恐らくこの先もっともっとご指導いただくことになると思いますが、よろしくお願いします。 そして、私を空へと導いてくださった方々に心から「ありがとう!!」